東大の赤門を入って右に進むと、あのホテル椿山荘の料理が手軽に楽しめるカメリアというレストランがある。
この日僕は東大の友人2人とランチを食べに来た。友人といっても、1人は高校時代の友達で、もう1人は僕が開催しているイベントに参加してくれて親しくなった友達だ。彼の名前はコンドウ。イベントで話しているうちに僕の高校の友達と親しいことが分かり、日を改め本郷に足を運び一緒にランチを食べに来た。
奇遇にも、その高校の友人というのは僕が「ふたりのアオキ」という記事で書いた努力型のアオキだった。
アオキとは高校以来の再会だった。コンドウとアオキは一時期入っていた学生団体で知り合ったらしい。風の噂でアオキは経済学部に進んだと聞いていた。コンドウも法学部で学んでいることをこの前聞いた。
僕にとって東大は憧れの場所だ。現役で数学0点で落ち、浪人を経ても合格できなかった。今も友人に会いに来たり学園祭に遊びに来たりするが、もし東大に受かっていたらどんな人生を歩んでいたのだろうかと未だに思いを巡らす。
コンドウが予約してくれていたカメリアは1500円で豪華なランチを食べることができた。コンドウ曰く、他大の教授が東大を訪れた際に学食で食べさせるわけにもいかないのでこのカメリアが創設されたらしい。
この日僕は東大の花形学部の経済学部と法学部に通う二人がどんな輝かしい未来をこれから歩むのかを聞きにきた。やはり二度落ちた身としては、彼らは憧れの存在であった。しかし二人の口から出てきたのは意外な言葉だった。
『俺はこの選択が正しかったのかまだ分からない』
現役で東大に合格したコンドウは弁護士を目指していた。しかし交通事故に遭い、その影響で予備試験に合格することができなかった。人生初めての挫折。そして、自分が歩んできた道が正しいのか自信が持てなくなったと言う。
そしてアオキも同じように悩んでいた。アオキの実家は裕福ではない。今も寮に通いながらアルバイトをして学業を続けている。彼は海外大学での長期留学を志しているのだが、自費では行くことができない。奨学金を獲得するにはズバ抜けた成績が必要で、神経をすり減らしながら勉強に取り組んでいると話していた。二人とも睡眠薬が手放せないらしい。
僕はアオキ以上にストイックな人間を今まで見たことがなかった。高校時代、時間がもったいないと廊下を走って移動していたアオキは、あれから数年経ったも何も変わることなく、学業に本気で取り組んでいた。
『中島、こんなことしてたんだな。そんな道もあるんだな。』
『もしかすると俺は選択肢を狭くしすぎたのかもしれない。』アオキをそう話しながらパンを食べる。隣のテーブルには団体客が席を取っている。教授3人と学生10名ほどと思しき団体だ。笑顔でランチを楽しんでいる。
僕は二人が悩んでいることに驚いた。僕からすればズバ抜けて頭が良く、誰よりも努力を続けることができる彼らは、これまでも、そしてこれからも思い描いた未来を歩めるものだと、勝手にそう思っていた。しかし今目の前にいるのは、僕と同じくこれから先何をして生きて行こうか模索している、等身大の大学生だった。
『俺たちは要領は良い。それは分かってる。就活していい企業に入ることだって確実にできる。だけどな。俺はその先が見てみたいんだ。』
スープを平らげながらコンドウが口を開く。
『俺もこのままでいいか分からない。勉強して留学して帰国して、それから何をするか、何が正解なのか、分からないけど、とにかく進んでいくしかないんだ。』
そう語るアオキの目は疲れを滲ませながらも熱意に燃えていた。
僕が思うに、この世には『強者の肩に乗る』か『自らが強者になる』かの二つの道がある。いい大学に入っていい企業に入ってそれなりの給料をもらって生活するのが『強者の肩に乗る』道だ。僕自身、大企業の内定を辞退して休学を選んだ過去もあり、自分はそれなりに要領よく就活をし、強者の肩に乗ることができると身を以て実感した。同様に東大という経歴があれば、憧れの会社で働くことは容易い。
しかし、しかしだ。それでいいのだろうか。今まで通りお手本みたいな道を歩んで平凡に歳を重ねていく生活に満足できるのだろうか。まだ経験すらしてないことに勝手に不満をぶつけるのは身の程知らずかもしれないけど、今以上に楽しくはない可能性が高い。それで満足できるのだったら、僕は今執筆をして思いをネットに吐き出してなどいやしない。理想と現実の間で日々悩み、考え、いびつながらどうにか形にしたメッセージを書き殴り、僕はネットの海に放り投げている。
そして今ここにいる3人は、誰かの肩に乗るのではなく、自分たちで未だ見ぬ世界へ踏み出すことを心のどこかで望んでいる。強者の肩に乗るという一番簡単で安定な道がありながら、何かもっとワクワクすることがある道を探しているのだ。
僕は執筆を始めて、強者の肩に乗るより以外に自分が強者になる道を知った。大多数が選ぶ道より、誰も歩まない道にこそ大きなリターンが得られるチャンスが転がっている。強者の肩に乗る戦略には天井がある。例えば稼ぎたいと思ってもいくら高給な職に就いたとしても、生涯年収を計算することができてしまう。一方で強者の肩からおり、自分が強者になるべく事業を立ち上げたり誰も選ばない道を進んだその先には未だ見ぬ世界が広がっている。
『この時期になると、やたら横文字を並べてESがどうのこうの言ってる奴らが増える。そいつらはビシッとスーツを決めて、綺麗でオシャレな会社に入って、高い給料をもらう。だけどな、中島。俺には奴らが”正解”だとは思えないんだ。そもそも”正解”ってなんなんだ。きっとな、みんなが思ってる”正解”以外にも、ワクワクする世界があるはずなんだよ。』
僕も就活をしながら、もっと面白い選択肢が自分にはあるはずだと感じている。僕は顔も出さず、ペンネームで文章を書いてきた。そして大学を休学してまで執筆を続け、イベントを開催したり企業に営業して仕事をもらったりと、活動の幅を広げてきた。一体この活動は何なんだ。僕は何をしているんだ。この先に何が待っているんだ。
司法試験合格を目指すコンドウも、海外留学を志すアオキも、将来自分がどうなっているか想像もつかず、自分の選択が正しいのか自問自答している。それは僕も同じだ。東大だろうと何だろうと関係ない。今ここにはランチを頬張りながら、野心を滾らせる若者が3人椅子を並べている。それだけが紛れもない事実だ。
そして、僕もコンドウも、アオキも、自分が信じて続けていることを、これは正しいんだと胸を張って言えるようにならなくてはならない。現時点で正しいかなんて、誰も分からない。知らない。知り得ない。だったらこの先でも『ほら見ろ。俺は正しかったんだ。間違ってなんかなかったんだ』と言えるように、進み続けるしかない。
『答え合わせは10年後』
ふと僕はそんなことを考えた。今すぐに答えは出なくてもいい。いつかきっと分かる。それが10年後か5年後か、はたまた20年後か分からない。そう遠くない未来で、『俺たちは正しかった』と笑って言い合えるように、自分が信じたことをやり抜いてやろう。それ以外にはないのだから。
ランチを終え、カメリアを出る。アオキは自転車に乗り、医学部図書館に勉強しに行った。
『高みを目指そう』
コンドウと握手を交し、僕は東大前駅へ、彼もまた自宅で勉強しに家路に着いた。
4年前、毎朝赤門をくぐって大学生活を送るという夢は叶わなかった。しかし今僕は、当時思いもしなかった執筆という道で志を高く持ち、楽しく生きることができている。そしてアオキも、コンドウも、僕と同じ一人の悩める学生であり、彼らの信じるところに従い、限られた時間を最大限に使って生きている。
答え合わせは10年後。
いや、5年後か、それとも20年後かもしれない。来るべきその日にも笑っていられるよう、僕はこれからも筆を進め続ける。
それでは、答え合わせはこの先で。
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