鹿児島から上京してきたフリーターに新宿の闇を見た

 

 

三月某日、東京に久々に雨が降った。

 

ここは新宿歌舞伎町。煌々と輝くネオンが水たまりに反射し、あたりは光でいっぱいだ。待ち合わせのコンビニで人を待つ。

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新宿はカオスだ。原宿は女子中高生、渋谷は10代から20代前半の学生、六本木は20代後半から30代の社会人。それぞれの街に合った年齢層というものが存在する。

一方新宿はそういった分類ができない。若い子がLUMINEで服を見てる一方で飲屋街は仕事帰りの社会人で賑わい、少し洒落たバルにはキラキラOLが集まる。

このコンビニもそうだ。どうやって生活しているかわからないボロボロのおじいさんがスポーツ新聞を買い、ベトナム人店員がレジをうつ。その後ろには今にも取れそうなくらいバサッとした付けまつ毛をつけたキャバ嬢と思しき女性がイライラした様子でスマホをいじる。

 

ー人種のサラダボール

 

思わずこんな言葉が口をつく。

 

ーお待たせ!

 

ちょうどそこに待っていた女の子が現れた。走ってきたのだろうか、息が上がり、黒のニットが濡れているのが分かる。僕は彼女のカバンを持ち、コンビニと同じビルの5階にある居酒屋に入った。

 

★★★★★★★★★★★★

 

彼女の名前はマナミといった。実は以前紹介したこの記事の中で連絡先を交換したうちの一人だった。

 

www.nakajima-it.com

 

僕が知ったのはマナミが鹿児島から上京してきたこと、今は仕事を辞めて休憩中だということだった。 実は僕が以前クラブで話した時、彼女はVIP席にいたのだ。このVIP席というものは金持ちしか座れない。そこに座るだけで5万〜10万くらいする上に、お酒が一本10万もするようなものを頼まなくてはいけないのだ。マナミはなぜかその席にいて、僕が声をかけたら意外にも話に乗ってくれ仲良くなった。だいたいこういう席に座っているのは容姿は良いが金持ち以外人間として見ていない高飛車な美人が多い。マナミはそういった傲慢さが少しもなく、VIPにいるのが不自然なくらい普通の子だった。

 

僕はなぜあの時VIPにいたのかをまず尋ねた。

 

ーああ。あれはね、私が別の店で飲んでたときにたまたまきた常連さんがそのお金持ちの人でね、仲良くなったの。私その店の女の店長さんと仲良くて、でそのお金持ちとも仲良くて、紹介してもらったって感じ。でね初めてああいう所に連れていってもらったの。

 

どうりで場慣れしていなかったわけだ。マナミはおじさん受けが良さそうな感じがしていた。屈託のない笑顔に明るい語り口。元気の二文字がよく似合う。おじさんはとにかく元気で若い女の子を好む。自分に足りないものを求めるというのが人間の性だ。

 

ーその人たちほんとにすごくてね。うちら2時間しかいなかったのにお会計50万超えてたの。もちろんいくらかかったかなんて言わないけどお会計見えちゃってね。びっくりしちゃって。で俺ら銀座で3軒目行くけど来る?って誘われたんだけど、音とかうるさくて疲れて帰っちゃった。そしたらタクシー代までくれたの。あの人たちあのあと5軒目までいったらしくて。すごいよね。多分100万は軽く一晩で使ってたよ。

 

 

僕がいたのは麻布十番のクラブだった。ここは世界一高い水が売っている。なんと一本700円。まして酒に至ってはなんの変哲も無いジントニックでも1000円を超えてくる。僕はもちろんケチってはじめにもらえる酒をチビチビと飲んでいたのだが、一方で世の中にはこんな大人がいるのだ。金遣いが理解できる範囲を超えている。やはり金がものを言う世の中だ。

 

だがここまで来ると怪しい匂いがして来る。マナミが一緒にいたおじさんはぱっと見で40代後半から50くらいのおじさんだった。

 

それにマナミは話を聞いたところ、専門学校を出てすぐに上京し、ネイルの仕事を何年か続けていたが最近辞めて休憩中ということだった。収入がないため今は貯金で暮らし、家賃の安い狭い部屋に引っ越したそうだ。つまり彼女はお金に困っている。

 

お金を山ほど使ってくれるおじさんとお金に困る若い女。これは今流行りの”パパ活”ではないのか。

僕は思い切って、そのおじさんと肉体関係は無いのか尋ねた。

 

ーやっぱりそこまでされたら何か見返り求められてると思うよね。でもね、何にも無いの。ほんとに何にも。ただただ優しくしてくれるだけ。

 

マナミ曰く、そのおじさんは建築のデザイナーをしていて、かなりの売れっ子らしかった。マナミの他にも何人かの若い子を招待して週末遊びまわっているらしい。新宿の高級ホテルの屋上でパーティーをしたり、熱海の温泉を貸し切ったり。マナミもそれに呼ばれ、大いに楽しんだそうだが、何も見返りは求められなかったと言う。そのおじさんは妻子持ちだった。マナミのような若い子が楽しんでいる様子を見られればそれでいいらしく、本当に善良なお金持ちと言うことだった。

 

ー弘くんいま私パパ活してると思ったでしょ?

 

僕は素直に頷く。

 

ーでしょ。でもね、パパ活めっちゃ勧誘されるよ。私おじさん受けが良いからね、よく声かけられる。

 

パパ活に”勧誘される”とはどう言うことなのだろうか。マナミが教えてくれた内容は僕にとって全くの初耳だった。

 

まず最近のパパ活事情として、街によくいるキャバクラや風俗の勧誘と同様に、パパ活を斡旋する紹介所があり、話しかけて興味を持ってくれた子を登録し、そこから”パパ”のもとへ派遣すると言うシステムがあるそうなのだ。

 

ここで”パパ活”について念のため説明しておこう。パパ活とは主に女子大生など20代前半の若い女性が30代後半から50代前半くらいの経済的に余裕のあるおじさんと交際し、高価なプレゼントをもらったり食事に連れていってもらう代わりに関係を持つという不倫でも援助交際でもない新しい交際の形だ。

 

もちろんパパ活をしているなどと周りに話したりはしないだろうが、かなりの女子大生がパパ活をしているように思える。僕の意見として

 

①そんなにバイトをしているように見えないのにやたらブランドものが増えている

②週末の夜の予定が埋まっていても何をしたかインスタに投稿していない

③やたら上場企業に詳しい

 

に当てはまる女子はパパ活をしている可能性が高い。さらにいえばインスタでフォロー200フォロワー1000〜5000くらいのなんちゃってインフルエンサー女子大生も怪しい。もっといえば読モやキャバ嬢上がりで新しいファッションビジネスを立ち上げましたとか言ってる人はほぼ100%パパ活で得た資金で事業を立ち上げている。

 

朝起きた時に、隣にハゲでデブで臭いおっさんが寝ていることに抵抗感が無い女の子にとっては手っ取り早く金を稼げる良い手段なのかもしれない。

 

マナミは体を売る行為には抵抗があり、勧誘には乗らなかったそうだ。

そういう怖い斡旋もあるんだね。気をつけないとね。僕はマナミにそう言った。

 

ーあっせん?ごめん、私バカだからその言葉わからない笑

 

確かにマナミは賢くはなかった。食べたり飲んだりの仕方は普通だったが、会話に出てくる語彙は少なく、時系列を整理して話すのに苦労していた。彼女は自分の頭が悪いことを自覚しているらしく、僕にこう言った。

 

ー私ね、自分がバカなの分かってるからね、何か危ないこと誘われてるって思ったら絶対ついていかないようにしてるの。弘くんこれ覚えといて欲しいんだけど、新宿はね、落とし穴だらけなんだよ。

 

マナミはそういうと生ビールをぐいっと飲み干し、僕の目をまっすぐに見た。

 

ー私ね、お金で解決しようとする人ほんとに嫌い。 この前もね、合コンで知り合ったちょっとかっこいいなって思った人と二人で歌舞伎に飲みに行ったんだけど、帰り際にね、俺お前の好きなものなんでも買ってやるし旅行も連れてってやるから定期的に体の関係持たせてくれって言ってきたの。その人私より8つ上なんだけど、要するにこれってパパ活よね?だからそんなん絶対いやだって言ったの。そしたら歌舞伎の外れのホテルの前まで連れてかれてね、いいか、10分で俺をいかせたら100万やる。もしダメだったらさっき言った俺の約束守れって言ってきて。カバンから札束出してそう言ってきたの。

 

 

僕は思わず彼女の話に聞き入った。

 

ーでね。私言ってやったの。こうやってお金でなんとかしようとする人無理って。でその人押しのけて帰ったの。そしたら後ろから、お前今一世一代のチャンス逃したと思ったの分かってますー?って叫んできやがって。あり得ないよね?しかもその人働いてないの。親が地主で超金持ちで。でも親の金でそんなんしてるなんてダサすぎない?そういう甘えてる人、私無理。

 

マナミは筋が通った人間だった。それにしても女性を力ずくで言う通りにさせようとして大金を見せつけるなんて男がいることに驚いた。僕の意見として、肩書きで殴るような男は非常に格好が悪い。例えば会社名、学歴、そして金の力だ。クラブに行くとよくそう言う光景を見かける。

 

ー俺、三◯商事なんだけど。

ー俺、六本木ヒ◯ズで働いてるんだけど。

 

こう切り出して声をかける男の多いこと多いこと。もちろんこれは未だ学生で学歴もなくお金持ちでもない僕の僻みだと思ってもらって構わない。だけどだ。そう言った肩書きで女の子を口説こうという姿勢は、自分には肩書き以外に勝負できるものがありませんと白状しているのと同じではないだろうか。それは非常に格好悪い。

 

マナミが話したその男も、お金で今までなんとかなってきたが、結局のところ自分自身の力で勝負できるものが何もない男なのだ。確かに世の中にはお金さえあれば誰でもいいと飛びつく女性がいるのも事実だ。でも、僕はそうはなりたくない。自分に自信が持てる、そんな大人になりたいのだ。

 

マナミは他にも”新宿の落とし穴”について僕に話してくれた。ナンパされて一回だけと飲みに行ったら実は男がホストで店まで連れていかれたこと。ホスト狂いになった友達が貢ぎまくった結果300万の借金をして今キャバクラで働いていること。風俗のスカウトにしつこく勧誘され、家の前までついてこられて警察を呼んだこと。元彼が実家が医者のお金持ちのおぼっちゃまで、親からもらった金をギャンブルに溶かした結果いつもお会計がマナミ持ちだったこと。ここまでくると彼女に悪霊でもついているんじゃないかと思ってしまうくらいマナミは男運が悪かった。

 

いっそ鹿児島の実家に戻った方がいいのではないか。僕は彼女にそう提案した。

 

ーでもね。私は東京にいたいの。

 

マナミは自分の手に視線を落とした。

 

ー東京はね、鹿児島よりずっとすごいよ。人の多さも桁違いだし、地元じゃ絶対に会えない人たちがたくさんいる。確かにそのせいで危ない思いもしてきたし、仕事も辛くてやめちゃったけど、もう少し東京で頑張りたいの。もう来月には新しい仕事始めてまたバリバリやるつもりよ。それでいつかお金貯めて地元に戻って、ネイルの店開けたらいいな。その時は弘くんに奢るからね。

 

 

僕らは割り勘でお会計を終え、店を出た。

 

★★★★★★★★★★★★

 

雨脚は強くなっていた。相変わらずネオンの光が水たまりに反射し、あたりは不思議な明るさに包まれている。雨の中酔っ払いたちが傘もささずに肩を組んで歩く。その横で寒さに耐えながら露出の多い衣装で声をかけるガールズバーの店員。さらにその脇を手を繋いで通り過ぎる仲睦まじいカップル。

 

ーここは人種のサラダボール

数時間前に呟いた言葉が思い出された。

僕らは傘をさし、駅に向かった。

 

別れ際、マナミは僕にこう言った。

 

ー今日はなんか私の話ばっかりね笑 弘くんはなんしよると?今度聞かせてね。

 

彼女の姿が見えなくなってから、僕は自分の乗る電車に向かって歩き出した。

 

 

 

 

弘くんはなんしよると?

 

 

マナミの言葉が頭の中を巡る。

 

僕は何をしているのだろうか。

 

僕は何を目指しているのだろうか。

 

僕は何か自信が持てることを見つけられるだろうか。

 

僕は何者かになれるだろうか。

 

 

そんな僕の悩みも、酔っ払いのおじさんも、キャバ嬢も、ホストも浮浪者も、関係なく詰め込んだ電車が新宿駅を後にする。

 

 

甲高い発車音が、いつまでも頭の中で鳴り響いていた。

 

 

 

 

 

 

 

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