僕の成人式は荒れなかった。

 

 

僕の中学を支配していたのは暴力だった。

 

スクールカーストは腕っ節の強さで全て決まる。

 

誰よりも喧嘩が強いやつがトップに君臨し、ヒョロガリは虐げられた。

 

トイレでは眉毛のない奴らがタバコを吸い、女子は放課後、教室に集まり、集団でリストカットをして鬱憤を紛らわす。

 

教師はそんな彼らを更生させるのを諦めた。

下手に指導しようとすれば報復が待っていた。

 

お腹に赤ちゃんのいる同級生を彼氏が車で迎えにきて、教室に乱入してきたこともあった。

数年前はバイクが廊下を走っていたそうだ。

 

喧嘩が強いやつらは、夜中に他校の校庭にいき、その中学の連中と集団で喧嘩をした。そんな彼らの腕には若気の至りの象徴、タバコで焼き付けた根性焼きが押してあった。

 

窃盗、暴行、飲酒、喫煙、あらゆる悪が横行し、やりすぎたやつは鑑別所に送られた。

 

腕っ節以外でうまく生きていけるやつは、頭がいいか、面白いやつのどちらかだ。

休み時間に本を読む奴は異端扱いされ、勉強は格好悪い、ダサい行為だった。

 

それでも僕は男子の中で一番勉強ができたため彼らに一目置かれ、暴力の標的になることは少なかった。スクールカースト中の上くらいの奴らと絡み、時に悪ふざけをしても完全な悪には手を出さず、やばい時は一目散に逃げた。そんなわけで学校では優等生中の優等生だった。

 

一方、部活も理不尽だった。僕は野球部にいて、中1から中2のはじめにかけ先輩に奴隷のように扱われた。プロレス技の実験台にさせられたり、意味もなく校庭を走らされたりした。暴力的な先輩がカッとなって至近距離から同期の顔面に思いっきりボールをぶつけて救急車が来たこともある。中2の秋には僕の代になり、真面目さを買われ、僕は部長になった。全くいうことを聞かない部員と何度も衝突した。バットで殴られたこともあった。

 

 

 

そんな暴力が支配する中学校で、僕は三年間を過ごした。

 

 

 あれから五年の月日が流れ、成人式を迎えた。

 

 

 僕は大学生になった。

 

 

中学を卒業してから、たくさんの出会いがあった。

 

 

知り合う人はみんな育ちがよく、賢くて、初めて自分に近い学力の人間に囲まれて過ごすことができ、とても楽しかった。

 

「付き合ってる人のレベルが自分のレベル」なんて言葉がある。

 

その言葉の通り、僕の周りはガラッと変わった。いい意味で。

あの頃のように暴力で全てを解決し犯罪を繰り返すような人間は誰一人としていなくなった。

 

だから今さら、中学時代の知り合いに会うのは正直気が進まなかった。

 

でも僕は一次会の幹事を任されていたので、仕方なく式に出席した。

 

懐かしい顔にたくさんあった。会場についてすぐに、たくさんの人に話しかけられた。

「久しぶり!中島お前、髪生えてるじゃんwww」

会うのが中学以来の友人は皆第一声がこれだった。そういえば野球部だったから、いつも3ミリの坊主にしてたっけ。

 

一生に一度の晴れの日に、みんなド派手な格好をしていた。龍や、虎、狼が刺繍されたド派手な袴。金髪、銀髪、ピンクに緑、青に赤の髪色。女の子も華やかだ。セットされた神はバベルの塔のごとくそびえ立ち、色鮮やかな振袖が会場を彩る。

 

久々の地元の空気に圧倒されながら、仲の良かった友人と再会し一緒に席に着き、式が始まるのを待った。

 

荒れるんだろなあ。

 

僕はそう感じた。毎年この時期になると荒れる成人特集がテレビを賑わす。壇上に乱入する成人、酔っ払って暴力沙汰を起こす成人。間違いなくこれらの類が起こりそうだ。だって、あんなに荒れてた中学だったもん。そんな数年じゃ人って変わらないよね。

 

 

 

式が始まった。お偉いさん方のつまらない話が永遠と続く。僕は今にも誰か乱入しないかとビクビクしながら座っていた。

 

 

 が結局、誰も乱入しなかった。乱入どころか、多くの人が静かに話を聞いていた。

 

そのまま特に何も起こらず、式は無事終了。

 

僕は一次会の幹事として色々やらなくちゃいけないことがあったからすぐに会場を出ようとした。すると誰かに肩を掴まれた。

 

「中島頼むよー今日酒持ち込みありにしてよー」

 

サッカー部の清水だった。清水はガタイの良さと喧嘩の強さでカースト上位に君臨していた男だ。そしてこの日、僕は一次会のためにホールを貸切で予約していたのだが、酒に酔って設備を破壊されては困るので、酒類の持ち込みは禁止とみんなに伝えていた。

 

「俺ら暴れたりなんかしないからさ。だってもう20だぜ?」

 

一瞬悩んだけど、さっきもみんな静かにしていたので、酒類の持ち込みはありにした。

 

 

そして数時間後、一次会が始まった。僕は受付をしていたので、みんなと顔を合わせた。どれくらい人が来るか分からなかったけど、思ったよりたくさん来てくれて会場はいっぱいになった。どこで聞いたのか分からないけど、幹事してくれてありがとう。お疲れ様ってみんな声をかけてくれた。

 

そして一次会スタート。幹事の僕が軽く挨拶をする。手配したケータリングが届き、各々が持ち寄った酒を飲む。みんな楽しそうに話していた。僕も仕事がひと段落したので会話に参加した。

 

みんなあれから色々あった。大学に行ってる人、専門学校に行ってる人、子供がいる人、結婚した人、働いてる人。皆それぞれの道を歩んでいた。

 

子供がいる人たちは、仕事の愚痴、家計のやりくり、税金とかについて盛り上がっていた。彼らは当時、カースト最上位にいた人たちだ。授業なんか1ミリも聞かず、好き放題していた彼らにも、守るものができたのだ。母親、父親になった彼らの中には、家で家族が待ってるから、と一滴も飲まず早くに帰る人もいた。

 

専門学校に通う人たちは、夢を語っていた。美容師になる人、保育士になる人、トリマーになる人、ネイリストになる人。久々に見る彼らの顔は、希望に満ち溢れていた。

 

大学に通ってる人は、就活について悩みを語っていた。僕は一浪していたので、就活はまだ先だった。彼らの目前に迫った就活の話を聞いているうちに、なんだか僕だけ置いてかれた気がして来た。

 

 

僕は一生懸命勉強し、彼らより偏差値では上の大学に入った。だけどまだ、何事も成し遂げていない。家族を守るために身を砕いて働いたり、叶えたい夢の実現に向けてスキルを磨いたりもしていない。いくら微分方程式が解けたって、小難しいコードを書けたって、たくさんレポートを書いたって、別になんにも偉くないのだ。

 

僕には彼らの背中が大きく見えた。

 

 その後、大きな騒ぎもなく、会は無事に終了した。

 

後片付けになり、僕はあらかじめ伝えていた通り、酒類の缶瓶は持ち帰るようにアナウンスをした。でもみんな酔っ払っているので、なかなか指示が通らない。その時、僕のマイクを誰かが奪い、大きな声で「みんな中島のおかげでこんないいとこで飲めたんだから、ちゃんとゴミ持ち帰ろうな!」と呼びかけてくれた。バスケ部の田嶋だった。

 

「中島今日はありがとう。楽しかったよ。」

 

田嶋はこういうと、瓶を集め始めた。

 

田嶋はいわゆるガキ大将だった。

 

気に入らないことがあれば周りに当たり散らし、宿題なんか一切やらず、いつも気が弱い奴の答案を丸写ししていた。いつも自己中心的で、合唱コンクールの時は参加せず、校舎の屋上でiPodで歌う予定だった曲を聴き、一人黄昏ていたキザな奴だった。それでもバスケはダントツで上手で、地域の選抜チームにも選ばれ、女の子に大人気だった。僕はそんな不真面目だが美味しいところだけ持っていく彼が嫌いだった。

 

田嶋の呼びかけで、会場は綺麗になった。

 

みんなが二次会の会場に移動し始める。僕は他の幹事と、最後の後片付けに入った。

 

ここで少し問題が発生。少し時間が押してしまい、建物のゴミ収集の時間を過ぎてしまったのだ。ゴミが捨てられない。

 

みんなでどうしようかと悩んでいる時に、一人の男が現れた。

 

田嶋だった。

 

 

 

「ゴミもう行っちゃったのか?なら俺が持って帰るよ。明日ここの近く通るから、その時捨ててやるよ。」

 

その言葉にみんな助けられた。田嶋は車で来ていたらしく、僕はゴミを彼と一緒に車へ運んだ。

 

その間、5年ぶりに田嶋と話した。

 

「車で来たっていうけど、酒飲んでないの?」

 

「明日の仕事に響くから、今日は飲まないんだ。」

 

「何の仕事?」

 

「トラックの運転手。お前は大学行ってるらしいな。頭良かったもんな。俺バカだから高校でてすぐ働いたけど、もっと勉強しとけば良かったなって思うわ。やっぱ大卒と給料全然違うもん。でも今嫁ができてさ、子供も一人いるんだ。だから文句なんか言ってる場合じゃねえしな。もういつまでもガキじゃねえからさ。」

 

そう語る彼は、中学の彼とは別人だった。

 

地下の駐車場に止めてあった彼の軽トラにゴミを積んだ。彼の腕は昔と同じように、太く、たくましかった。その腕は今、誰かを殴るためではなく、家族を守るために明日もハンドルを握るのだろう。

 

「今日は本当にありがとな。今まで散々迷惑かけてすまんな。俺はもう社会人だ。中島に奢れるくらいは稼いでるから、今度一緒に飲みに行こうぜ。」

 

そういうと彼は車に乗り、帰って行った。僕は車が見えなくなるまで、手を振った。

 

そのあと会場を後にし、僕も二次会に行った。

 

終電までみんなと飲み、駅からみんなで、歩いて帰った。

 

 

成人式、行って良かったな。

 

 

歩きながらそんなことを思った。

 

 

 

僕の成人式は荒れなかった。

 

 

みんな大人になったんだ。

 

 

守るものができた人、叶えたい夢ができた人、みんなそれぞれの道を歩み始めたんだ。

 

 

そんなことを思いながら、僕は眠りについた。

 

 

 

みなさんの成人式も、いい思い出になりますように。

 

 

 

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