<北欧一人旅前回の記事>
朝5時。アラームとともに目覚めた。
夜明け前。外からは物音一つしない。
洗濯物もすっかり乾いた。荷物をまとめ、昨日のお酒の残りを手提げにつめ、宿を出る。
このAirbnbのホストさんには昨日のうちに明日は5時半には行かなくちゃいけないんですと伝えておいた。「大丈夫だよ。鍵だけ置いていってね。」と言われ、鍵を開けたまま宿を後にした。ここはゴットランド。悪い人は誰もいない。
東の空が少し明るみ出した。背中にはお土産と今までの着替えが詰まったリュック。
右手には昨日のお酒とパン。お腹にはウエストポーチ。フル装備だ。重たい。
公園のゴミ箱に捨ててもいいように持って来たシャツとチノパンをぶち込んだ。ついでに靴下やパンツも捨てた。これで少し身軽になった。まさかここゴットランドのゴミ箱に捨てられ衣服としての役目を終えるとは彼らも思っていなかっただろう。
森を抜けずんずん歩く。
なぜ。こんなに早くから歩いているのか。遡ること1日前。Visbyの観光案内所で7時半に空港に着くバスを調べてもらうと、衝撃の答えが帰って来た。
「明日その時間のバスはないです。」
やばい。どうしよう。タクシーはかなり高いのでできれば使いたくない。
宿からVisby空港まで6km...6km...6km...
6km...6km...6km...
歩こう。
旅の終わりでハイになってた僕は早朝6kmのウォーキングを敢行することにした。
最後の闘いが幕を開けた。
そして、歩きながら酒を飲む。時刻は朝5時45分。
ご覧のようにこれは瓶ビールだ。栓抜きなんてもちろん持っていない。
近くの石に瓶を叩きつけ、かち割った。
一口飲むと砕けだガラスが口に入り痛かった。ペッと吐き出したあと、ぐいっとビールを飲む。こんな朝から飲むのは初めてだ。
魔女の宅急便の舞台の街をビール片手に歩く。人っ子一人いない。
そうだ。あれだ。あれをかけよう。
僕はiPhoneを取り出し、魔女の宅急便のサウンドトラックを最大音量で流した。
あのひとのママに会うために
今ひとり列車に乗ったの
たそがれは迫ってはいないが、街並みや車の流れを眺めながら、魔女の宅急便の音楽を流し、ビール片手に歩き続けた。
死ぬまでにしたかったことがもう一つ叶った。
魔女の宅急便の舞台で魔女の宅急便のサントラをかけながら歩く。
僕はこの瞬間のために生きてきたのかもしれない。
歩き続けて1時間。ようやく空港の標識が見えて来た。ここまで3.5km。まだまだ道はある。
ゴーという音をたて空が唸っていた。
風が木々を揺らしていた。
鳥がその風に揺らされながら、懸命にまっすぐ南の空へ飛んでいった。
そんななんでもない光景が、僕にとってはかけがえのない一瞬として、そして旅の思い出として、どんどん溜めこまれていく。
途中、タクシーになんども追い抜かれた。
いいんだ。空港まで歩く。これが楽しんじゃないか。
足が痛くなってきた。そして二本目のビールを飲み干し、若干酔いが回ってきた。
ここで足を止めたら日本に帰れない。
すっかり住居は消え、空港の近くらしい荒野が顔を出した。
魔女の宅急便のサントラを満喫した僕は気合いを入れるためブチ上がるEDMをかけた。
クラブミュージックで無理やりテンションをあげ、とにかく懸命に前に進んだ。
歩き始めて1時間半。
ようやく空港に到着。
着いた!!!
長い旅だった。魔女の宅急便の大好きな音楽を聴きながらゴットランドを歩いたことを、僕は一生忘れないだろう。
この旅4回目の飛行機だ。いつものようにIDを入力しチェックイン。
まだ僕が着いたときはゲートが閉まっていた。しばらくしてオープン。
小さな空港だ。それでもWiFiと電源は充実している。さすが北欧。
8時になり搭乗開始。この小さな飛行機に乗り込む。乗客は40名程度。
テイクオフ。さようならゴットランド。
ストックホルムまで50分のフライト。お値段8000円。少々高いがタイムイズマネー。
機内サービスで振舞われたコーヒー。最後のFIKAの時間だ。
コーヒーを飲みながらスウェーデンの独特な大地を見下ろす。
無事ストックホルムのアーランダ国際空港に到着。長い朝だった。
そして僕の約9日間に渡る北欧一人旅の終わりが近づいてきた。
あとは昼の便に乗って上海経由で東京に帰るだけだ。
飛行機が安いという理由で行くことを決めた北欧。
デンマーク、ノルウェー、スウェーデンと周りかけがえのない思い出ができた。
ありがとうみんな。また来るよ。
旅の終わりはどうも寂しくなって仕方がない。
このコーヒーの匂い、穏やかな背の高い北欧の人たち、洗練されたデザイン、何もかもが懐かしく思えてきた。
だけど、僕は帰らなくちゃいけない。うん。さようならのときだ。
ウエストポーチをぎゅっときつく締め、僕は帰りの便のチェックインの列に並んだ。