ノルウェーの森でノルウェイの森を読む夢が叶った

 

<北欧一人旅前回の記事>

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翌朝、5時半に起きた僕は急いで荷物をまとめ、駅までの下り坂を駆け抜けた。

 

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ベルゲンの朝は寒い。風も強く、濡れた地面に足を取られぬよう、注意して坂を降りる。

 

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15分ほどで駅についた。始発である。これから僕が向かうのはベルゲン空港。

 

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駅でチケットを買う。機械にクレジットカードを差し込んで買うことができた。

実はこれから僕はまた別の国に向かうのだ。結局ノルウェーでは一度も現金を使わずに過ごすことができた。

5分後、電車が到着。

 

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ベルゲン空港までは約1時間。走り出してすぐに森しか見えなくなった。

ノルウェーは日本と面積が同じだが、人口は500万人しかいない。ベルゲンはノルウェー第二の都市だが、人口はたったの27万人。とても少ない。険しい山と厳しい寒さの中、ノルウェーの人々は何とか生活できる場所を探し、生き抜いてきた。

 

ベルゲンは雨の街として有名だ。一年で快晴の日が数えるほどしかないが、オスロよりも気温が高く、魚も獲れる。再び降り出した雨が車窓に当たるのを見ながら、ベルゲンに思いを馳せた。

 

1時間後、空港に到着。余裕をもってチェックインを済ます。

 

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小さな空港だが、さすがは北欧。洗練されたデザインだ。特に黄色と紺色の表示が美しい。もうすっかり北欧の虜になっている。

 

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ベンチを見つけ腰を下ろす。

この一人旅のあいだ、ずっと腰に巻いているウエストポーチ。

中に入っているのは、パスポート、財布、ポータブル電源、ポケットWiFi、地球の歩き方。そして小説が一つ。

 

僕はそっとそいつを引っ張り出した。

いよいよ終わりが近づいている。残すところあと50ページほどだ。

飛行機に乗っている間に読み終えてしまうだろう。

 

一眠りするか。そういって僕は空港のベンチを三つ占領し、リュックを枕にして横になった。ウェストポーチは念のため腰に巻いたまま。スマホはポケットに。安心安全の睡眠体勢を取り、僕は眠りに落ちた。

 

ずり落ちないよう体の上で組んだ両手でノルウェイの森を持ちながら。

  

 

 

☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 

遡ること6日前。羽田空港に向かうモノレール。じめじめとした蒸し暑い日だった。

これから始まる北欧一人旅に胸が踊っていた僕は心を落ち着かせるため、ウエストポーチから小説を取り出した。

 

そう、ノルウェイの森だ。

 

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初めて村上春樹を読んだのはいつだったろうか。確か中学生の頃だった気がする。

当時話題になっていた1Q84を読んで、難しくて途中で読むのを放棄した記憶がある。

ただ図書館には他にも村上春樹の小説がたくさんあり、当時の僕でも分かるような「海辺のカフカ」や「風の歌を聴け」を読んだ。

その中で特に印象に残ったのが「ノルウェイの森」だった。

 

ただどういうわけか、せっかくノルウェーに行くのだから持って行こうと本棚から取り出しても、内容を全く覚えていなかった。それ以前になぜ本棚にあるのかも思い出せない。わざわざ買ったのだから、よほど気にってのことだったはずだ。なら内容を覚えていてもいいものなのに、いくら頭をひねっても思い出せない。

 

そんなわけで記憶がすっ飛んでしまった僕は、新鮮な気持ちでノルウェイの森を開き、日本を出る前日までに上巻を読み終えた。いや、わざとそうしたんだ。僕は結構ロマンチックなことが好きなんだ。ノルウェーでノルウェイの森を読む。なんて素敵なんだろう。そう思い立った矢先、僕の死ぬまでにやりたいことリストにそいつが加わった。

 

 

昼過ぎに羽田を出発し、上海に向かう。中国の航空会社なので、機内サービスで青島ビールをもらうことができた。一人、乾杯。

 

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ほろ酔いの状態でノルウェイの森を読む。いい気分だ。

 

 

 

三日後、今度は コペンハーゲンからオスロへ向かう17時間の船旅の最中。

免税店で買った酒と共に、個室のベッドで一人、ページをめくる。

 

 

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直子のために何ができるのか。僕は一体どこへ向かっているのか。

ワタナベの頭が混乱していくのと同時に、僕の体をぐるっと回ったアルコールが頭にまで到達し、ぐるぐると酔っ払ったまま僕はページをめくった。

 

 

二日後、ソグネフィヨルドへ向かうベルゲン急行の中。

駅で買ったクロワッサンをコーヒーで流し込みながら、流れ去るノルウェイの森を車窓から眺めながら、1ページ、また1ページとノルウェイの森を読み進める。

 

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37歳のワタナベは、ハンブルク空港に到着した飛行機のBGMでビートルズの「Norwegian Wood」を聴き、激しい混乱を覚えた。そんな出だしでノルウェイの森は始まる。

 

イヤフォンをつけ、その始まりの歌を僕も聴く。

 

 

 

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I once had a girl

or should I say she once had me

She showed me her room

Isn't it good, Norwegian wood

 

-昔僕には女がいた、それとも僕が女にくっついていたと言うべきか

彼女は僕に部屋を見せてくれた、素敵じゃないか、ノルウェーの森

 

 

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本当に素敵なノルウェーの森が、僕の目の前にあった。

なんとも贅沢な時間。

ワタナベの心がより一層混沌としていく中、僕はノルウェーの森でノルウェイの森を読むという死ぬまでに叶えたかった夢が叶い、静かに一人興奮していた。

 

 

 

ソグネフィヨルドをまわるクルーズの船の上でも。

 

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ヴォスからベルゲンに向かう電車の中でも読み進めた。

ここでまたアムステルダムビールを一杯。

ノルウェーの森に乾杯。

 

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物語は佳境に入る。直子を思うワタナベは一人あてもなく彷徨う。

電車の外は雨。川の流れは激しく、車窓に激しく雨粒が打ち付ける。

 

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そして...そしてワタナベは...

 
 

 

☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 

アナウンスが鳴り、僕は目を覚ました。荷物をまとめ、飛行機に乗る。

胸の上で抱きしめていたノルウェイの森をウエストポーチに再びしまう。

 

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1時間後、オスロ空港に到着。片道5000円。北欧は電車より飛行機が安いことが多い。

昨日12時間かけて来た道のりを、たったの1時間で戻って来た。

 

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次の便まで2時間待つ。

物価が日本の倍はするノルウェーだが、空港だとそれが3倍にもなる。

何も買わずにひたすら寝てまった。

 

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そして再びの飛行機。これでノルウェーとはお別れだ。

ありがとうノルウェー。僕はすっかりノルウェーに惚れた。

昔から訳もなく憧れていたオスロ。

生で見たムンクの叫び。

奇妙なヴィーゲランの彫刻。

死ぬまでに見たかったソグネフィヨルド。

雨の街、ベルゲン。

 

何もかもが美しく、僕の憧れていたノルウェーは、僕が思っていた以上にノルウェーだった。

 

無事離陸した飛行機。すっかり眠気が覚めた僕は、ノルウェーで実現したかった最後の夢を叶えるため、ポーチの中で擦り切れたノルウェイの森を取り出す。

 

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この小説の終わりほど儚いものは無いのではないか。

中学生の頃の僕は、きっとこのエンディングに心を奪われたのだろう。

まだ恋をしたこともなかった僕にも、ワタナベの悲しみが分かったのだ。

それほどまでにノルウェイの森の終わりは寂しく、悲しい。

 

小説にノルウェーが直接出てくるわけではないが、このもの哀しさこそが、僕がノルウェーに感じたものだった。

 

1時間後、着陸。滑走路を減速して走る途中、僕はノルウェイの森を読み終えた。

 

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この一人旅で死ぬまでに叶えたかった夢を三つも叶えてしまった。

 

くるりの「琥珀色の街、上海蟹の朝」を上海で聴くこと。

ソグネフィヨルドを見ること。

そしてノルウェイの森をノルウェーの森で読むこと。

 

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そして次の国で、もう一つ、死ぬまでに叶えたかった夢を叶えることになる。

 

北欧一人旅、最後の国は「スウェーデン」

 

読み終えたノルウェイの森をリュックにしまい、僕は飛行機をあとにした。

 

続く。

 

 

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