beautiful city
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さよならさ マンダリンの楼上
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本当に動くのか不安になるくらいボロボロの機械に10元を入れ、極めて分かりにくい画面からどうにか陸家嘴駅行きのチケットを買った僕は人の大群に流されるまま地下鉄に乗り込んだ。
上海虹橋国際空港から陸家嘴駅までは約40分。想像以上に車内が混んでいて座ることもできない。
あらかじめ中国ではLINEをはじめSNSは制限されており使うことができず、中国の電話番号がなければWiFiも使えないとは聞いていたが、本当に使えなかった。
あるサイトによればなんだかんだで電話番号なくてもWiFi使えることもあるという嘘か本当か分からない情報をあてにしてSIMカードは買わなかったのだが、それが裏目に出た。
空港のWiFiも電話番号なしでは使えず、地下鉄も同じだった。まずい。これは面倒なことになった。
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遡ること5時間前。羽田空港国際線ターミナル。
昼前についた僕は持ってきたコンビニ弁当を平らげ歯を磨き、これから始まる長旅に備えた。
まずはじめに訪れる国は中国。本当の旅の目的地への中継地点で、上海で10時間待たなくてはならない。
しかも虹橋空港から浦東空港まで40km離れており、空港から出なくてはならない。 なら観光してやろう。じっとしていられないたちの僕は一番レートのよかったSMBCの両替所で300元両替し、上海へ飛び立ったのだった。
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これはまずいと思ったのは、僕は上海である人と会う約束をしていたからだ。
またしてもこれから始まる旅は一人旅。10日間ほど海外に行く。
幸い上海に中国人の友人がいるため、せっかくだから観光案内してあげるよと言われ飛び出してきたのだが、ネットが制限されていてWiFiも使えないため連絡が取れない。おまけに飛行機が40分も早く着いたためその連絡もしたいのにできない。トランジットから早速ピンチである。
ただ僕もそこまでアホではない。
WiFiが使えない可能性があるから何時にどこに待ち合わせるか決めておいたのだ。
そして案の定WiFiが使えなかった僕はここに友人が書いたように片っ端から中国人に話しかけ電話を借りることになるのだった。
目を閉じれば そこかしこに広がる
無音の世界 不穏な未来
耳鳴り 時計の秒針止めて
心のトカレフに想い込めてぶっ放す
どうにか目的地の陸家嘴駅に着いた。順調に乗り継げたため予定より1時間20分も早く駅に着いてしまった。おまけにめちゃめちゃ人が多い。
本当に出口2にいて友人と会えるのか不安になった僕は現地の方に話しかけ電話を借りることにした。
まず駅員さんに聞いてみたところ僕の英語が下手なのかそもそも英語が分からないのかうまく伝わらず、電話のジェスチャーをしてようやく伝わった。しかし公衆電話ならあっちにあるよと言われ行ってみたがどこにも見当たらない。いくら探してもないので諦めて通りすがりの人に電話を借りることにした。
ビビっている場合ではない。
持ち前の気のふてぶてしさを発揮しとにかく話しかけた。
ただ英語が全く通じない。
どうやら中国はあまり英語が通じないらしい。電話を貸してくれませんか?と聞いても謎の中国語で何かを言われ申し訳なさそうにどこかに行ってしまう。
さらに今、僕はこの10日間の荷物を全て持って歩いている。なんとかリュックサック一つとウェストポーチ一つに納めたがそれでも重い。だんだん疲れてきた。
そこでちょうど仲の良さそうなカップルがそばにいたため、どうにかジェスチャーで電話を借りることができた。
友人に1時間以上早く着いたことを伝えると、OK、30分くらいで行くよと返事が来た。よかった。これで一安心だ。今一度出口2で会うことを確認し電話を切り、「謝謝」と言って電話を返した。
せっかくなので地上に出ることにした。
思えば空港から一度も地上に出ていない。
上りの階段を息を切らしながら登る。上海はまだ暑い。汗が滲んできた。
ようやく出口にたどり着き上を見上げると、そこには僕が思い描いていたよりはるかに近代的な上海の街が広がっていた。
吸うも吐くも自由 それだけで有り難い
実を言うと この街の奴らは義理堅い
上海といえばPM2.5のイメージがあったが別段空気が汚いとは感じなかった。ただ人が多い。土曜日ということもあると思うが近くのお店は大賑わいだ。
そろそろ待ち合わせの時間が近くなり出口2に戻った。約束の時間5分ぐいくらいに友人が来た。
”Hi!!! Long time no see!!!”
皆さんはこの記事を覚えているだろうか。
ここで紹介したTinderで出会った中国人でイギリスの大学に通っているヤンと、僕は上海の地で再会したのだ。
「だからネット使えないって言ったでしょう。心配だったよ。」と言われた。予想以上に中国のネットは厳しい。どう手を尽くしてもネットに繋げなかった。おそるべし監視社会だ。
早速ヤンに案内してもらう。僕の飛行機は夜中の1時。まだまだ時間がある。
再び外に出ると目の前にあの有名な上海テレビ塔が立っていた。すごい。
歩道橋の上からはディズニーストアも見えた。
実際に中にも入ったが、ちゃんとしたディズニーの正規キャラクターだった。
こんなパチモンはいなかった。だって上海にディズニーランドあるもんね。
そのままデパートらしいでかいビルに入り、”Do you like bubble tea?”と聞かれた。なんだそれと思ったがどうやらタピオカらしい。好きだよと答えるとここに連れて行ってくれた。
女性の皆さんなら知っているだろう。彼女がいたことのある男性もご存知のはずだ。そう日本で大人気のジアレイである。
ご覧の通りの大行列。オススメの黒糖味を頼んだ。出来上がるまで30分あるらしくデパートを散歩する。
ヤンとの再会は日本以来1ヶ月ぶりだった。彼女のイギリスの大学は休みが3ヶ月あり、半分は東京のおばあちゃんの家で、半分は地元の上海で過ごすのだという。最近は英語を教えるアルバイトをしていて、休みには高校の友達と遊んでいるのだそうだ。
タピオカの時間になり受け取りに戻る。とても美味しい。
そのまま夜ご飯を食べることにした。辛いもの大丈夫?と言われ、少しだけならといい四川料理のお店に連れて来てもらった。
席に着き注文をしようと店員さんを呼んでもらったが、テーブルのQRコードをさすとどこかに行ってしまった。ヤン曰く、テーブルのQRコードからサイトにアクセスしてそこから注文するらしい。すごい。
さっきのジアレイもそうだが、お会計はアリペイだった。さすがキャッシュレスの進んだ上海。ヤンも現金は持ち歩いていないそうだ。
ヤンにオススメを選んでもらい、しばらくして料理が運ばれてきた。
こちらは骨のついたチキンを蒸したようなもの。
辛い。美味しいんだけど辛い。マジで辛い。
魚を煮て大量のスパイスと合わせたもの。これはさらに辛い。舌の感覚がなくなるレベルで辛い。
デザート。甘い。黒糖のお餅らしい。
小さい麺のようなもの。これも辛い。つらい。
そして蛙!!!これがうまい!!!最初はギョッとしたが魚と鶏肉の中間のような味がした。ただこれも辛い!なんでどいつもこいつも辛いんだ!
ヤン曰くこれは中国人にとっては全く辛くないらしい。嘘だろ。こっちは涙を流しながら食べているのに。ヤン曰く、日本の激辛はこっちの普通らしい。意味がわからない。
店員さんいお水を持ってきてもらったが、なぜがビンにキュウリの薄切りが入っていて、しかも塩水だった。これじゃあ辛さが余計増す。ジアレイのタピオカを頼りに料理を食べ続けた。あまりに多く半分くらい残したが、中国では残すのは別に大丈夫らしい。よかった。
外に出るとすっかり日が暮れていた。
上海テレビ塔が中国らしい妖艶な紫色に輝き、街を照らしている。
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さよならさ マンダリンの楼上
大通りを抜け黄浦江の方に向かって歩いた。たくさんの船が行き交い、川沿いをたくさんの観光客が歩いている。
ビルの巨大モニターに映し出される漢字が中国感を余すところなく出している。空気が濁っているからだろうか、高層ビルから差す夜空を貫く光がくっきりと見える。これが上海か。
川沿いをずっと歩き、渡し舟のようなものに乗ることになった。片道二元約33円。安い。
乗り場は人でごった返している。気温も30度近くあり蒸し暑く、おまけに僕は今長旅の荷物を全て担いでいる。なかなかキツい状況だ。
船に入りどうにか窓際を確保した。ちゃんと対岸までたどり着くのか不安だったが無事出航した。さっきまでいた岸辺の景色がとても綺麗だ。
5分ほどで対岸についた。ヤン曰く、さっきまでいた方は近代的なエリア。こっちは伝統的な建物が多いエリアらしい。
ここの景色が私好きなの。と言われ振り向くと、あっと息を飲む上海の夜景が広がっていた。
上海蟹食べたい あなたと食べたいよ
上手に割れたら
先ほどから口ずさんでいたのは、僕の大好きな歌、くるりの「琥珀色の街、上海蟹の朝」である。
この歌を今年のはじめに聞いてから、僕の死ぬまでにやりたいことリストに「上海で”琥珀色の街、上海蟹の朝”を聴く」が追加された。
ヤン、どうしても聴きたい曲があるんだけど流していい?と聴くと「いいよ」と言ってくれた。スマホから曲を再生する。
張り詰めた日々を 溶かすのは
朝焼け前の 君のこころ
両手を広げたら 聴こえてくるよ
僕は今、一人上海に降り立ち、死ぬまでに叶えたい夢を一つ叶えた。上海の喧騒の中、スマホのスピーカーから流れるメロディはマンダリンの楼上に吸い込まれていく。
飲んだら腹を壊しそうな怪しいジュースを売るおっさん。強引に風船を子供に売りつけるおばさん。人目も憚らずキスをするカップル。夢中になって写真を取る観光客。無数の船が行き交う黄浦江。天を貫く高層ビル。
あらゆるものが織り混ざり、せめぎ合い、見たことのない景色が目の前に広がっている。これが上海だ。これこそが上海なのだ。
川の向こうに広がる妖しく光る街を見ながら、僕は静かに心を打たれた。
やがてヤンがじゃあお寺を見に行こうと言い、タクシーを捕まえた。
アプリで予約し、すぐに来た。
実を言うとここまで僕はほとんどお金を払っていない。ヤンが全て払ってくれている。さすがに申し訳ない。タクシーは高すぎるから僕が払うよと伝えると、こっちのタクシーは日本よりはるかに安いのよと言っていた。
2キロ先の寺に向かいタクシーが走り出す。しかし道がよく分からないのか、同じ場所を行ったり来たりでなかなか着かない。そうこうしているうちに22時になった。
僕の飛行機は午前1時発。念のため2時間前にはいたいからあと1時間で空港に到着したい。
時間大丈夫かなとヤンに聞くとまだまだ電車はあるから大丈夫。こっから30分で行けるよと言われ一安心した。なんだよかった。
どう迷ったらこんなに時間がかかるのか、2キロを20分かけようやくタクシーが寺に着いた。ただもう閉まっていたため、車から写真だけ撮り、そのまま駅まで送ってもらった。
時刻は22時半。ここから30分で行けるなら余裕だ。しかしここで問題が発生する。
「ごめんヒロシ。もう電車ないみたい。」
さすがにびっくりした。ヤンは空港への電車は遅くまであると思っていたのだが、彼女の予想に反し空港への電車はすでに終わってしまっていたのだ。
おそらく今いる陸家嘴エリアから空港までは40キロもある。だいぶやばい状況だ。
「大丈夫ヒロシ。私に任せて。」
ヤンがご両親に帰りが遅くなることを伝え、僕らはとりあえず地下鉄に乗った。空港に向かう電車はないが、近くまで行ける電車はあるため、とりあえず移動するらしい。
電車に乗りながらヤンがアプリでタクシーを手配してくれた。
「大丈夫。落ち着いて。間に合う間に合う。」
さすがイギリスの大学に通うエリート。冷静である。
目的の駅に着き地上に出る。
大通りで予約したタクシーを待つ。すぐにやって来た。
ここでヤンとお別れかと思ったが、私のミスでこうなっちゃったんだからと空港まで付いて来てくれることになった。
タクシーのおじさんは案の定英語は通じない。確かに一人で乗っていたらどこの空港に連れてかれるか不安で仕方なかったろう。おまけにWiFiがないのでどっかで降ろされたらそれで最後だ。ヤン本当にありがとう。
タクシーは高速道路に乗り、猛スピードでかっ飛ばした。
過ぎ去る上海の景色を横目に見ながら、ヤンと話した。
彼女は二週間後にイギリスに帰るという。向こうの大学の勉強量は半端なく、かなり忙しいらしい。将来は外資系の投資銀行で働きたいとのことだった。僕も同じ仕事に興味があるので、金融の話題で盛り上がった。彼女のような英語もペラペラで頭もいいエリートなら楽勝だと思うが、まだまだ勉強しなくちゃダメと言っていた。なんの取り柄もない僕はろくに勉強もせずこうやってフラフラ一人で旅行なんてしてるがそんな場合ではない。世界にはこんなにレベルの高い人たちが山ほどいるのだ。
さらにヤンは最近日本語の勉強を始めたと言う。なんであんな小さな島国の一億ちょっとしか話す人がいない言葉を勉強するのさと聞くと、ヤンはこう言った。
「それは関係ないよ。私が勉強したいから勉強してるの。それで十分。」
と。
なんて野暮な質問をしたんだ僕は。勉強は自分が好きだからするものじゃないか。あの言語は話す人多いから就活でアピールできそうとか、そんな下らない理由で学ぶものじゃない。再び雷に打たれたような衝撃を受け、僕はヤンを心の底から尊敬した。
やがて浦東空港が見えて来た。
30分くらいで20キロ近くタクシーで走った気がするが、料金は2000円くらいだった。確かに安い。
感謝を込めて、断るヤンにどうにか200元を渡した。全て奢ってもらうわけにはいかない。
停車場に着き、ヤンと別れの挨拶を交わす。
「ヒロシ、東京であなたと会って、まさか上海でまた会えるとは思ってなかったよ。また世界のどこかで会いましょう。もしかしたら同じ会社で働くかもね。」
「僕もそうなることを祈るよ。謝謝。」
「いい旅をね。」
タクシーが見えなくなるまで手を振り、空港に入った。
時刻は23時半。上海に着いてから8時間以上経っている。全ての荷物を背負い、暑い中歩き回ったため汗もかいている。しかし僕の旅はまだ始まってすらいない。これから飛行機に10時間乗り、本当の目的地まで向かうのだ。
入り口で手荷物検査を終えカウンターに行くと、誰も人がいなかった。
めちゃめちゃ焦る。チェックインはもう終わってしまったのだろうか。
焦って走り回ると僕が乗る予定の航空会社のカウンターに人がいた。
パスポートを見せるとチケットを発行してくれた。どうにか間に合ったらしい。
出国ゲートに僕と同じ国に行くであろう男性が立っていた。これほど人がいない空港も珍しい。おそらく僕の便が今日の最終便なのだろう。
再びの手荷物検査を終え無事出国。またしても人がいない。
指示されたゲートに向かうと、ようやく人がいた。
え、こんな従業員通路みたいなところ通るの?って感じの道を通る。
しばらく歩くと搭乗ゲートに着いた。たくさん人がいる。間に合った。
さすがに汗で気持ち悪いので、トイレにこもり素っ裸になり、持って来たボディシートで体を拭いた。さらに靴下とシャツを脱ぎ、水道で洗剤と一緒に洗う。邪魔にならないように機内で干すためだ。今回は移動が多いため極力少ない荷物で来た。上着は二着。下着も三日分しかない。自分で洗って自分で乾かすサバイバル生活だ。
できる限り体を綺麗にし、歯磨きも済ませたところで搭乗時間になった。
すぐ飛行機に乗るのかと思いきやなんとバスでの移動だった。
しかもこれが意外と長く、15分くらい走ってようやく到着した。
階段を登って飛行機に入るという生まれて初めての経験をし、席に着いた。僕はトイレが近いため、万が一、窓際や三人席の真ん中になると辛い。今回はちょっと課金して後ろに誰もいない通路側の席を予約しておいた。
先ほど洗った靴下とシャツを座席前のネットに引っ掛け、乾くのをまつ。幸い隣の方も日本人だった。
トイレを済ませ、寝る体制が整ったところで飛行機が動き出した。
ありがとうヤン。ありがとう上海。
トランジットの8時間で、僕は誰よりも上海を満喫した自信がある。
黄浦江から見える上海の夜景を見ながら、「琥珀色の街、上海蟹の朝」を聴いたことを、僕は一生忘れないだろう。
定刻通り、飛行機は浦東空港を飛び立った。
僕はイヤホンを取り出し、再びあの曲を聴いた。
長い夜を越えて行くよ
琥珀色の街
琥珀色の街
小さくなって行く街を、隣の人越しに見下ろしながら、上海に思いを馳せた。
僕の本当の旅は、これから始まる。
その最高のスタートダッシュを上海の地で切ることができた。
さあ、冒険が始まる。冒険が始まるぞ。
高まる心を鎮め、僕は眠りに着いた。
今回の一人旅、目的地は
北欧。
この旅の記録をしばらく綴ることになる。
楽しんでいただけたらこの上なく幸せです。
それではみなさん。おやすみなさい。