高校時代の僕を魅了してやまなかった街、それが秋葉原だ。
この街には思い入れがある。
高校に入ってオタクになった僕にとって、秋葉原の街は聖地だった。
ここに来ればどんなグッズでも手に入る。
同じ趣味を持った部活の同期とせっせと電車に乗り、大量のグッズを抱えながらこの街を歩いた。
アニメイトにとらのあな、メロンブックスにソフマップ。アニメはもちろん、電化製品も好きだった僕は高校生でも買える価格帯のよくわからない家電も買い、部屋に使わないまま置きっぱにしていた。
そんな秋葉原の街は、アニメオタク以外にももう一つの文化がある。
二次元から三次元に飛び出したメイドさんと遊べる喫茶店、メイドカフェだ。
「おかえりなさいませ。ご主人様!」
こんな感じでかわいい女の子がフリフリの衣装で迎えてくれる。高校時代の僕は高鳴る胸を抑えながらいつかメイドカフェに行こうとその日を心待ちにしていた
わけではない。
むしろ真逆で誰がこんなふざけたカフェなんか行くかと思っていた。
なんで大して可愛くもないブリっ子に金を払って会いに行くのかと。ちょうどブームだった頃にテレビで紹介されるメイドカフェはどれも内装は可愛らしいもののそこまで店員さんがかわいいかといえばそうではなく、彼女たちの独特の猫なで声に鳥肌がたった。
それに二次元こそ至高とその時は本気で思っていたから通いつめたところで付き合うことは絶対にない女の子に金を払って会いに行くその神経がわからなかった。
(もっとも二次元を愛でたところで画面から女の子が飛び出してくるわけではなく決して付き合えることもないためメイドカフェをdisる資格はなかったのだが。)
「ご主人様!」なんて言われたら「俺はおめえの主人になった覚えはねぇ!」とひっぱたいてしまいそうだし、「萌え萌え!」なんて掛け声をかけて来たら「はぁ?燃えるのはてめぇだ!」とハッ倒してしまいそうだ。
しかし時は流れ2018年。オタクから足を洗った僕は秋葉原とは無縁の生活をしていたが、ふと友達の誘いで再び秋葉原の街に足を運ぶことになった。
なんでも中国の友達が遊びに来ていて一緒に東京案内してほしいとのこと。というわけで僕と僕の友人の女の子と、彼女の留学時代の友達の北京在住の男の子との3人でメイドカフェに行くことになったのだ。すっかり丸くなり三次元への女の子に対する抵抗のなくなった僕は二つ返事で行くことを決めた。
新しい世界への冒険だ。太陽の下で乾ききったばかりの柔らかな香りがするポロシャツを身に纏い、勢いよく自転車を漕ぎ出した-
秋葉原の駅に着き、先に到着していた友達と彼女の留学先の中国人の男の子とアトレで合流した。
まだ暑さが残るこの日。秋葉原は熱気に包まれていた。
いや、この街はいつも暑い。とりわけ建物の中は冷房が効いていようがいまいが関係ない。どの建物のも人口密度が高く、おまけに不摂生な人が多いためふくよかな方達が特に熱気を放っている。
そんな久しぶりのアキバの熱気を感じながら中央通りを歩き、お目当のメイドカフェに着いた。
秋葉原のメイドカフェといえばここ、「@ほぉ~むカフェ」である。
中央通りから入ってすぐにあるこの@ほぉ~むカフェはなんとビルの2階から7階までを占める超大型のメイドカフェだ。
2階はショップだがその上の3階から7階までの計5階分がそれぞれコンセプトの異なるメイドカフェを展開している。恐るべき萌えの文化。これこそ萌えの総本山とも言えよう。
ふと上海から来た彼を見ると顔が引きつっている。どうやら何も知らされずに連れて来たらしい。なんと酷な。
彼がひきつるのも無理はない。先ほどからどのフロアに行こうかと悩んでる僕らの横を40代後半から60代ほどの男性たちが邪魔だと言わんばかりにドカドカととおりすぎていく。かと思いきや”What the f◯ck!!!”「なんじゃこりゃ!!!」と言いながら外国人観光客がでかいバックを抱えながらエレベーターに乗り込んでいく。とてもカオスだ。
とりあえず一番人気らしい最上階の7階に行くことにした。
が、エレベーターを降りた瞬間呆然。降りられないほどに混んでいた。仕方なく下に降りる。
お客さんをさばくフリフリを着たメイドさんの声が聞こえ、奥で流れる曲も耳に届いた。
扉が閉まる。フロアの喧騒が遠のいた。
のもつかの間、6階につき扉が開いた瞬間また活気に溢れた空気が流れこむ。
開いたドアに待ってるお客さんが耐えきれず飛び込んでしまうほど混んでいる。恐るべしメイドカフェ。ここまで人を惹きつけて止まない萌えとはなんなのだろうか。
なんとか降りてあたりを見渡すと階段の下まで行列ができていた。なんじゃこりゃ。
こいつはすげえ。
唖然とする中国の彼とともに階段を降りる。すると5階はこれまでと異なり比較的空いていた。同行している女友達と相談し空いているこのフロアに入ることにした。
ご覧のようにお客さんがぎっしり。女性のお客さんもいた。とりわけ多いのが外国人観光客だ。でかいリュックを背負いながら下で配っていた萌え萌えのうちわで涼みながら「なんじゃこりゃ」といった顔で物珍しそうにあたりを眺めている。そして目を引くのが常連のおっさんだ。
「◯◯ちゃんいた?!」
「いたよ!チェキ撮ってもらってきたよ!」
「今日△△ちゃん3階いるかなあ」
「さっきハルオさんがいるって行ってたよ」
「ほんとかぇ?!行くぞ!」
と猛スピードで階段を駆け下りていった。凄まじいオタク魂である。その様子を見て外国人がお手本のような首の傾げかたをしていた。萌えと世界の戦いが勃発している。
さて、15分ほど並び中に呼ばれた。
「おかえりなさいませ!ご主人様!お嬢様!」
フリフリのメイドさんが迎えてくれる。
か、かわいい...
正直メイドを侮っていた。どうせ自意識過剰な大して可愛くない女の子が出てくるんだろうとたかを括っていたがいい意味で期待を裏切られた。
店の中を忙しそうに10人くらいのメイドさんが歩き回っている。歌ったり踊ったり。これが萌えというエンターテインメントか。新鮮な驚きに心が踊る。
席について注文をする。
一番人気らしいドリンクセット1800円を注文。
なんとオリジナルの「ふりふりしゃかしゃか みっくすじゅーちゅ」と好きなメイドさんとのチェキ撮影がセットになっている。
全然お得である。他にも「あちゅあちゅブレンドコーヒー」や「あいちゅティー」など萌えが詰まったドリンクが用意されていた。
完璧だ。抜け目がない。
店内は撮影禁止なので写真はないが、まさに萌えといった感じの内装が施されていた。
メイドさんに頼めば自分たちの写真も撮ってくれる。特に外国人観光客が大喜びして写真を撮ってもらっていた。
数分後、メイドさんが再びやってきた。
「おかえりなさいませ!ご主人様!お嬢様!あなたさまがたの帰りをずううっとお待ちしておりました!今日は全力で萌え萌えしてくださいね!」
言わずもがな。既に僕は萌えかけている。この非日常的な空間に静かに興奮したいた。
「ご主人様、今日のニックネームを決めてくださーい!」
どうやらニックネームを自分で決めるとそれで読んでくれるシステムらしい。
みんなそれぞれあだ名を決める。
僕は少し悩んだ末、「ひろりん」にした。
「ひろりんご主人様!みっくすじゅーちゅをお持ちしました!」
数分後、飲み物、いや、みっくすじゅーちゅが運ばれてきた。
「ではみなさま、一緒にふりふり萌え萌えしてください!私がふりふりと言ったら、萌え萌えって返してくださいね」
口が開きっぱなしの中国の彼に友人が説明をする。しかしすかさずメイドさんが
「I say "ふりふり" Please say "萌え萌え"」
と説明する。さすが世界に名を轟かす@ほぉ~むカフェだ。確かにあたりを見渡すとどの店員さんも外国人のお客さんに英語で接客している。萌えを世界に広げようという心意気が感じられた。すばらしい。
そしてふりふり萌え萌えタイムが始まった。
「ふりふり!」
「萌え萌え」
「ふりふり」
「萌え萌え」
低くて汚ない自分の声が嫌になる。
だが僕が、いや、ひろりんが出せる精一杯の萌え萌えを出せたと思う。
よくやったひろりん。
記念に写真を撮ってもらっているうちにライブが始まった。
お店の前方にはステージがあり、そこでチェキの撮影をしているのだがその合間にはミニライブが行われる。
メイドさんが集合し音楽に合わせダンスを披露するのだ。
お客さん、いやご主人様お嬢様方にハートのペンライトが配られる。
なんだこれはという顔の外国人たち。不思議そうにペンライトを触っている。
一方常連のおっさんたち。いざ勝負の時と言わんばかりに即座にライトを光らせ臨戦態勢に入っている。
そうこうしているうちに舞台が明転。
曲が流れ踊りが始まった。
大音量の萌え萌えミュージックとともにゆるい踊りを披露するメイドさんたち。
可愛い。これが萌えか。
照明を浴びて踊る彼女たちは輝いてみえた。
一方、観客の外国人たち。こうなったらやるしかねえとライトを振りまくり手拍子をする若者もいるかと思いきや、苦笑いをこらえている女性、開いた口が塞がらないおっさんなど多種多様だった。
対する常連のおっさんたち。これが俺らの生きる場所だと言わんばかりに全身を使ってライトを振り回し、お決まりらしいコールを飛ばしている。凄まじいこの光景に一層外国人たちの口があんぐりとあく。
拍手とともにミニライブが終わった。基本的にお客さんの滞在時間は1時間。その間に一回はライブを行うシステムらしい。
さて、チェキの順番が回ってきた。僕はさっきのライブでひときわ輝いていたナミネさんを指名した。
「ひろりんさま!」
と名前が呼ばれひろりんは席を立ちステージに向かう。
袖からナミネさんが出てきた。先ほどまで僕の手の届かないステージで輝いていた彼女と写真が撮れるなんて夢のようだ。
用紙されたうさ耳をつけ、萌えポーズを撮って写真を撮ってもらった。
「ひろりんさま、ぜひまた来てくださいね!」
「行きまあす」
すっかり萌え萌えきゅんしてしまった僕は魂を抜かれたかのような声で答え、ステージを後にした。
数分後、チェキが届いた。
(この写真がなぜかアダルトコンテンツとして認識されたのかGoogleさんに怒られてしまったので一旦消しました。2018年9月5日現在。なんで???)
友人たちもお気に入りのメイドさんと写真を撮り終え、みっくすじゅーちゅも飲み干し、ひろりんたちは店をあとにした。
「またお越しくださいませ!ご主人様!お嬢様!」
下りのエスカレーターで中国の彼に感想を求めたところ「なんじゃこりゃ」と言っていた。どうやら萌えの文化の前にはこの言葉しか出なくなるらしい。ただディープなジャパニーズカルチャーが垣間見れたと満足していた。よかったよかった。
友人はここに来るのは三回目らしかった。女の子をも虜にする魅力がここにはあるらしい。たしかにな。僕自身全く期待していなかったのに骨の髄まで楽しめた。ありがとう。@ほぉ~むカフェ。
エレベーターを降り、外に出た。日は既に暮れ、あたりはすっかり暗くなっていた。
そうか。僕はもう「ひろりん」じゃないのか。
「おかえりなさいませ!ご主人様!」と言ってくれる人がいない世界が寂しく思えた。
だけど大丈夫。寂しくてたまらなくなったら、
萌え萌えきゅんしたくなったら、またここに帰ってこよう。
僕はいつだって「ひろりん」になれる。
僕の帰りを待つ人が、ここ秋葉原には、いつだっているんだ。
みんなの帰る場所、メイドカフェ。
メイドカフェはいつだって僕らを温かく迎えてくれる。
そんな日本が誇る萌えの文化に、あなたも一度触れてみてはいかがだろうか。