4月になって2週間が過ぎた。
新入生も新歓に行ったり授業に出たりして大学にも慣れてきた頃ではないだろうか。
この時期になるとバイトどうする?という会話がよく聞こえてくる。
大学生のバイトといえばカフェや居酒屋の飲食をはじめ、自分の頭脳を活かした塾講師、家庭教師のバイトが人気だ。
僕も受験の経験を生かすために地元の中学生の学習塾でバイトをしていた。
自分の考えたオリジナルのカリキュラムで生徒をやる気にさせ合格に導く。授業後は慕ってくれる生徒達と楽しくおしゃべり。そんな華の塾講師生活を夢見ていた。
しかしそんな僕の夢は授業初日から打ち壊される。今日は僕がこのバイトで体験した衝撃的な事件の数々を紹介しようと思う。
1. ”君は動物園の飼育員のバイトをしにきたんだ。”
数回の本部での研修を終え期待に胸を膨らませ講師室のドアを叩いた僕は開口一番こんなことを言われたのだ。
”ちょっと今あのクラスしか空いてないんだよね...君は動物園の飼育員のバイトをしにきたんだ。と思ってくれ。”
何を言ってるんだこいつは...
意味がわからなかった。しかし僕はすぐにその真相を目の当たりにすることになる。
さあ人生初の授業。ガラガラガラと教室のドアを恐る恐る開けると...
誰もいない。
教室を間違えたかと思って確認するも正しい場所だ。時間も始業時刻ピッタリである。しかし誰もいないのだ。
不安に思って近くを通った先生に聞いてみると
大丈夫大丈夫。いつものことだから。
と言われた。本当に大丈夫なのかと不安になりながら黒板を拭いて時間を潰していると、
ガラガラガッシャーン!!!
と机が倒れる音と共に坊主頭の小生意気そうなガキンチョが勢いよく教室に入ってきた。
”おいお前気をつけろよ!”
”おめえが悪いんだろうが!”
”は?まじ殺す。”
ガキンチョはカバンを机に放り投げ僕の方を見た。
”なんか知らねえ兄ちゃんいるよ。あのババアどこ行ったんだよ!”
”ババアがいいよ。ババア楽だから〜兄ちゃん帰って〜”
いきなりひどい言われようである。僕は見た目こそ温厚なもののバカにコケにされるとガチギレしてしまう。いかんいかん、今日は初日なんだ。なんとか抑えていこう。
とりあえず適当に挨拶を済ませぼちぼち人が揃ったところで授業を始めた。もちろん教科書を持ってきているのは半数にも満たなかった。
教室には正面と黒板向かって右側にホワイトボードがあった。ホワイトボードに授業計画が貼ってあったのでまずその説明をする。
それでは、みなさんから見て右側のホワイトボードを見てください。
次の瞬間僕は塾講師への憧れを完璧に失った。なんと半分が左の壁を向いたのである。
”おい、右はこっちだろ。”
”は!?箸持つ方の手だし。”
”そんなの左利きの人もいるだろ殺すぞ。”
彼は中学二年生である。13、14歳だなのだ。なのにこの知能、彼らがいうように僕は動物の相手をしにきたらしい。
その後も授業は散々だった。僕は人が足りてないので理系なのに国語に回されたのだが、まず彼らは文章が読めない。音読をさせてもすぐにつっかかる。こんな感じで僕の塾講デビューは衝撃的な感じで幕を閉じた。
その後、僕は約2年塾の先生を続けたのだが、こっからはそこで出会った衝撃的なガキンチョたちを紹介しようと思う。
2. 衝撃的な生徒たち-彼らは今を全力で生きている-
中学生男子は靴のチラシでもオ●ニーすることができる。そんな彼らからすると世界は下ネタに満ち溢れているのだ。そして国語の世界においてはその罠がありとあらゆる場所に仕掛けられている。
漢字の書き取りで”沈降”なんてものが出た日にゃドッカーンと爆笑が起きるし、”一万個”なんて単語にも彼らの下ネタセンサーは反応する。
こんな様子だから音読しても一向に前に進まない。
そんな彼らからは思わぬ珍回答も飛び出しまくる。
慣用句の問題で、
”袋の●●●”に入る動物を答えなさい。
というのがあった。なんとこの問題に対する回答、20人中8人が
”カンガルー”
と答えたのだ。いや、どう考えてもそんなわけないだろ。
それにある生徒は”桑原”を
”マタマタマタキバラ”
と読んだし、”綴る”を
”イトヌヌヌヌル”
と読んだ。これ全て嘘のような本当の話である。
そんな彼らの将来の夢はなんなのだろう。ある日気になった僕は授業中にアンケートを取ってみた。授業後、回収した紙を見てみると、そこには医者でもなく野球選手でもなく、現代っ子らしい将来の夢があった。
”ヒカキンみたいなYouTuberになりたい。”
”ヒカルみたいなカッコいいYouTuberになる。”
ばっかり書いてあった。最近の子供達(多分究極に頭が悪い子たちに限るけど)の夢はYouTuberなのだ。もちろん僕は後日ブチ切れた。YouTuberになるのは全然構わないんだけど、俺は動画で食ってくから国語なんてやる必要ねんだよと授業中に隠れてYouTubeを見ているガキンチョがいたからだ。そういう小生意気なガキに一番効果的なのは親への電話である。流石のやんちゃ坊主たちも家に連絡が行くのは嫌らしく、めちゃめちゃ謝る。ちなみにこの夢のアンケートに、とある物静かで全然喋らない女の子が
”全ての動物の生死を司る能力”
と書いていた。他にも、ある日教室に入るとある男の子が黒板に
”革命の準備はできているか?”
と大きな字で書きなぐっていた。彼は不思議な紋章を胸元に描き、左手の甲にコンパスで入れ墨を入れてるのを授業中に発見し、僕は親御さんに報告した。こんな感じで血気盛んな中学生のリアルな中二病を目の当たりにできたのは貴重な経験だったと思う。
他にも授業中急に恋ダンスをかけて椅子の上で踊りだす女の子や、五教科500点満点中28点(!?)で偏差値25の中三(まじでひらがなを書かせるところから始まった。)や、電子辞書をいじってると見せかけてDSで遊んでる生徒、教室の窓から脱走を試みた生徒など色んな生徒がいた。今思い返せば楽しいことは楽しかったが、僕が思い描いていたのとはちょっと違った塾バイトの世界だった。もしみなさんが塾バイトをする際はそこのレベルをよく見極めてから入って欲しい。それと大事なのは同僚、社員の雰囲気だ。こっからは僕の愚痴を書いていこうと思う。
3. 最大の敵は生徒ではなく講師陣
こんな感じで生徒はお猿さんだったが、僕の塾生活は楽しくはあった。しかし元々は上のクラスを担当したかったのに最下位のクラスを任されたのは不本意でしかない。これは塾事情のために仕方ないといえば仕方なかった。
というのも上のクラスはやはりベテランのバイトが担当することになっていて、ながーく在籍してるバイトが幅をきかせているのだ。そのため新人はギャング揃いの荒れたクラスにしか回されない。僕のようにそんなガキに容赦無くブチ切れられるバイトならいいのだが、入りたてのほわほわした女の子は心が折られてしまう。結局すぐにやめてしまうのだ。結局残るのは気が強い鬼教師みたいなバイトばかりになってしまい、長年続けてる古参は例外なく頑固でプライドが高くバイトに誇りを持っている。そして彼らはありえないくらいめんどくさいのだ。
まず彼らは塾講師をアルバイトだとは思っておらず、仕事だと思っている。
それはもちろん素晴らしいことではあるが、僕のようにバイトと割り切って気軽にやってる身からすると彼らとの温度差は気持ちが悪いのだ。
給料が出ない授業後も生徒のために残業するのは当たり前、オリジナルテキストもちろん作るよね?(無給)などなど。バイトとは思えないくらいのパッションで迫ってくる。
そういう人たちは大体が将来教員志望だ。確かに先生になりたいなら塾のバイトはもってこいだろう。
そんな彼らの責任感を塾側は逆手に取り、彼らに上のクラスを任し、合格者が増えれば給料を上げ、プライドを満たした。そうなると彼らはますます塾バイトにハマる。
ひどい人は週5日塾に出勤し、大学にもろくに行かなくなり留年し、のちにその塾に就職した。こんな人が1人だけではなく結構いたのだ。
僕からしたらこんな町のしょぼい塾に就職するなんてありえねえの一言に尽きるが、これも塾側の策略なのだろう。
ここからはかなり偏見だが、塾バイトにハマってる人は大学に居場所がない人が多い。クラスに馴染めず、サークルにも入らず、勉強も楽しくなく異性にもモテない。そんな人が塾講の泥沼にハマるのだ。
似た者同士が集まる講師室は居心地がいいし、話も合う。普段は異性に相手にされないが塾に来れば生徒が自分を慕ってくれる。中にはお気に入りの女の子に会うために補講を無理やり組んでる先生もいた。
そんな彼らは塾を辞めてからも頻繁に顔を出す。僕は辞めたバイト先に来る神経が一ミリも理解できないのだが、当たり前のように講師室に毎週来て、満足げに授業風景を観察し、かつての教え子と談笑し笑顔で帰る先輩がいた。彼は塾講を続けるため院に進んだも就活に失敗し、いわゆる就職浪人の状態だった。
僕からすれば院に進んで23、24にもなって非正規雇用の身で偉そうな顔してバイトでイキるみみっちい根性は唾棄すべきものでしかないが、彼らにとっての居場所は塾なのだ。こんな感じで老害にも嫌気がさして僕はバイトを辞めた。
おまけに塾長も嫌な大人だった。僕は同期、先輩、塾長にも屈せず、ドクターXよろしくどんな雑用にも”いたしません”で押し通して来たが、それができない心やさしきバイトは餌食になる。
残業を押し付けられ、些細なことでいびられ授業にクレームをつけられる。そんな塾長の授業は威圧的で放任的で生徒に不人気だった。散々説教した挙句授業はプリントをただ解かせるだけで、その間塾長は講師室でスマホでゲームをしていた。
おまけに一度、塾の電話を使って匿名で娘の小学校にクレームを入れてるところを目撃してしまった。”若造がうちの娘に意味わからない授業してるもんだから喝入れてやりましたよ。もちろん匿名ですけどね笑”と社員同士でゲラゲラ笑っているときには鳥肌がたった。
完全に塾長への信頼を失った僕は辞める際にああだこうだいちゃもんをつけられて引き止められぬよう、iPhoneで録音しながら辞表を渡した。案外スルッと受理されたのは僕が彼に反抗的だったからだろう。皆さんもブラックバイトを辞めるときは録音をしておいたほうが安全だ。
こんな感じで僕の塾生活は幕を下ろした。なんだかんだで生徒に好かれ、バレンタインには大量のチョコをもらったりとウハウハな体験もしたが、やっぱり頭がいいこを教えたかったし、塾バイトに謎のプライドを持つ周りと波長が合わず、塾長も嫌な人だったので辞めた。
もちろん塾バイトを否定しているわけではない。自分にあった場所を選べば素晴らしい経験と実力に見合った待遇が受けられる。ただ個人的には塾で得られるものは限界がある。中学生、高校生と接していても学べることは数少なく、人との関わりが増えるわけではない。
その点僕が今しているバイトはいろんな業界の人と知り合えたりして、確実に将来の役に立っている。機会があればこれについてもいつか書こうと思っている。
バイトは金でのみ選べとよく言われるが、僕はそうは思わない。自分が求めているもの応じて、色々チャレンジするのがいいと思う。
大学生のいいところは、”責任がなくいつでもなんでも辞められるところ”だ。嫌だったら辞め、楽しかったら続ける。そんな感じでバイトも選べばいいと思う。
<参考記事>