ジブリを支えてきた二大監督のひとり、高畑勲監督が亡くなった。
もうひとつの柱、宮崎駿をはじめスタッフからパクさんの愛称で親しまれていた高畑監督の作品には、宮崎駿作品にでてくるような、トトロやポニョのようなかわいいキャラクターは出てこない。
火垂るの墓では戦時下をいきた兄弟の悲惨な運命が描かれ、平成狸合戦ぽんぽこでは都市開発と戦うたぬきたちが描かれた。
高畑勲監督の作品では徹底的にリアルな世界が描かれる。そして「同じことはしたくない」と数々の実験的な挑戦をし、ホーホケキョとなりの山田くんではジブリ初のセル画をもちいないデジタル制作に挑み、かぐや姫の物語では細い線を多用した手書きのようなアニメーションを使い、独特の世界を表現した。
僕は前に書いたようにジブリで義務教育を終えた。
そんなジブリの高畑監督の作品の中で僕が一番好きなのがこの「おもひでぽろぽろ」だ。
初めて聞く人も多いかもしれない。もともと金曜ロードショーにほとんど出てこない高畑作品のなかでも特に放送回数が少なく、何年か前に放送されたのが初だったと記憶している。
おもひでぽろぽろは見る人によっては退屈な物語だ。
舞台は1982年の夏、27歳になるOLのタエ子は長い休みをもらって親類が住むおきにいりの山形の田舎に滞在する。
そしてタエ子はふと山形に向かう電車の中で、田舎がないことでさみしい思いをした小学校五年生のときに思い出をふと思い出す。そこで蘇った少女のころの自分の幻影は姿を消すことなく、山形に滞在中ずっとタエ子の頭のかたすみに居座り続け、やがたタエ子の人生を変えていくのだった。
この作品もほかの高畑作品と同様、千と千尋やハウルのようなファンタジーの世界も、紅の豚やもののけ姫のような戦闘シーンもない。
ただどこにでもいるただのOLのひと夏のおもいでを描いたといえばそうとしかいいようがない作品だ。
しかし高畑監督はそんな一見平凡そうな作品にも見る者の心をうごかす魔法をしかけている。
この映画のキャッチコピーは「私はワタシと旅に出る。」だ。
タエ子の田舎へのあこがれから始まった山形滞在は、小学五年生の時の彼女の記憶を呼び覚まし、私とワタシでの旅が始まる。
淡い初恋の記憶、分数の割り算、パイナップルの味、たった一度だけお父さんに殴られたこと、少しの間だけ同級生だった「あべくん」との苦い記憶。そんな「おもひで」が「ぽろぽろ」と蘇っていくなか、だんだんと彼女はそこで知り合った純朴なひとたちの魅力にひかれ、ある大きな決断をすることになる。
この作品も他のジブリ作品とどうよう、うつくしい音楽とともに作られている。
主題歌は「The Rose」を高畑勲が日本語に訳し、都はるみが歌った「愛は花、君はその種子」。
アメリカの歌手、アマンダ・マクブルームが作詞し歌った曲だが、見事に物語にマッチしている。
というのも、ぼくが思うにこの作品のテーマは「自立」だ。
都会の暮らしにつかれたタエ子は、癒しと安らぎをもとめに山形へ向かう。心の満たされないところからか、寂しい思いをした若き日の自分の幻影がふと彼女の前に現れ、満たされない過去の自分と現在の自分が旅を始めるのだ。
次第に山形の生活に惹かれるも、
挫けるのを 恐れて
躍らない きみのこころ醒めるのを 恐れて
チャンス逃す きみの夢奪われるのが 嫌さに
与えない こころ死ぬのを 恐れて
生きることが 出来ない
とあるように、彼女の心にある不安が決断を邪魔し、山形を去る日が訪れてしまう。しかし、最後、まさに
種子は春 おひさまの
愛で 花ひらく"
とあるように、彼女の心のなかにある種子が、人々の愛で花を咲かし、自立を果たすというのがこの話のカギだ。
静かなストーリーの中でも一貫して生きるということへの称賛が描かれ、美しい自然、優しい人々との交流を通して変わりゆくタエ子の心情が、過去の回想を介しながら鮮やかに描写されている。
僕もはじめてみたとき、開始10分は眠くなるくらい退屈な予感がしていたが、しだいに引き込まれエンディングではまさに「ぽろぽろ」と涙が頬を伝った。
高畑作品はこのように、緻密な心情描写を通してみる者の心に直接じんわりと訴えかけてくる。
ジブリをささえたもう一つの柱、高畑勲の名作「おもひでぽろぽろ」。常に新しいことにチャレンジし、徹底的にリアルを追求した彼の魂の作品はこれからも見る者の心に響き、深い感動を残すだろう。
ご冥福をお祈りします。
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